s検事のこと

 今日、会ったs検事には驚かされたことがある。それは、2時間ほどの供述調書?の時のことだ。次々と質問や、若干の詰問等が繰り返されて、一通り日時のチェックも最終地点まで来た。すると、彼は書記?の人にパソコンの用意をさせた。やおら立ち上がると、数歩、歩いた。そして、なんと、すらすらと文章を語りだしたのである。それを書記はよどみなくなく、打ちこんでいく。見事な連繋なのだ。そして、「てん」、「そこで行変えにして。」などの言葉が所々に挿入される。恐らく、彼の頭の中にパソコンの画面が描かれていて、字数や全体の印刷プレビューまでが時折、想定され、次の語句が発せられていくのだ。実に正確で感心したものだった。 こういう人を頭の切れると表現するのだろうか。少なくとも、日本の司法はこんな人材を抱えているのだから当分安泰だと思った。
 ただ、私にとっては、結果は非常に不本意なものだった。民事訴訟では高裁判決で勝訴確定している案件が、刑事事件として立件すらできない、不起訴だと通告されたのだから。彼の論拠はこうだ。例え、起訴して、裁判になったとしても、証拠の数、証人の数、どれをとっても立証は難しい。相手方が嘘で示し合わせた証人を100人出してきたら裁判官も最終的に双方の主張のいずれにもそれなりの理由があるとして、疑わしくは罰せずの原則に従って、無罪の判決を出す。だから大変、気の毒だが起訴することはできないというのだ。法的な手続きとしては、不起訴になった場合、検察審査会などの制度があるやもしれないが、全く意外な結論だった。せめて起訴まではこぎつけると考えていただけに落胆した。
 仮に裁判で負けるとわかっていても、容疑はあるのだから、せめて、起訴に持ち込んで裁判の進行によって、相手方の虚偽の主張、数多くの証人なるものの虚偽の証言を聞いてみたいではないか。結果が予想されるからといって、嘘つき連中の供述の中身の説明もなく、民事4年間の結果を捨て去る権限が一検事に与えられているのか? 一審確定ではなく、高裁判決までいった案件に関しては、せめて、刑事事件としても裁判を受ける権利を認めても良いのではないか?負けると判っている勝負はしませんと断言するかのような検事の通告に、私は納得のいかぬまま、暗澹として帰路についた。

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