中国が20世紀に存在した歴史的意義とは何か? 21世紀に歴史から消えた理由は何だったか?

 中国が体現した歴史事実とは、権力と資本とは同義語であり、始原的に一体のものであったと実証したことだ。

 一見、西洋の知性、人間性にあふれる優しいまなざしも、一度(ひとたび)仮面を剥(は)げば、凶暴、貪欲(どんよく)な資本の獲物(えもの)を求めてうろつく血走った眼(まなこ)に変わる。アメリカの自由、民主主義とは強欲(ごうよく)な資本の論理を貫徹、実行するための機会均等、民主主義、自由でしかない。フードスタンプの列に並び、命をつないでいる人たちは皆、自分の身体、スキル(技能)、労働力、臓器、・・が何も切り売りできぬ、利用価値のない状態に陥(おちい)ってしまえば、翌日には二度と立ち戻れぬケバケバしく、デコラティブなjewの壁の向こう側へ追いやられることを知っているのだ。
 何故、アメリカで資本主義が発達したのか?
 それは社会を支えるバックボーン(背骨)、理性の発達と制御、歴史、宗教、道徳律、祖先の柵(しがらみ)、抑制機能が働かなかったからだ。だからこそ、資本メジャーはアメリカで好きなだけジャンクフード、貧困層、無教養層を食いものにし、肥大、化(ば)け物化し、コントロール(統御)のきかぬ暴走の果てに、欲望という名の怪異な塊(かたまり)になけなしの魂(たましい)を売渡した。
 近代都市、自由国家の頂(いただき)に上(のぼ)りつめたアメリカは、強大な軍事的プレゼンスを前面に押し出して他国を圧倒、君臨し、睥睨(へいげい)する。
 そんな汚いカネと欲、策謀、情報操作で手に入れたアメリカの存在感、威光など、いつまで続くというのか?
 いつまで歴史がそんなニセモノの権威、欲望、横暴の虚構に振り回され、大人しく従い続けるというのか?

 数百万年前の地上と2013.earth上でのヒトのいとなみ、心と心のやりとりは基本構図にほとんど何の変化もない。集団に指揮を執る者、1日の仕事を決定する者(コンダクター)がいて、金力、財力、尊敬、権力、権威、指揮、命令系統を使って人々を統制し動かす。夜になれば安心、安全な場所での安眠を人々に与える。
 独裁者であれ、資本、いかなる民主的な国家権力であれ、国民の統制、支配、管理が体制を維持する枢要(すうよう)な基幹だ。権力、権威、資本(財、価値物、蔵)というものが存在する以上、国民、人々、人民とは頂点に立つ者、委任された者、代理、簒奪(さんだつ)者・・によって社会枠(わく)に囲い込まれ、生かされている奴隷だ。

 奴隷標準とは何か? 
 
 ⅰ 存在を提供することで食事を手にいれる。
 ⅱ 居住空間の提供を受ける代わりに、行動様式の制限を受諾する。
 ⅲ 労働奉仕によって金銭、見返りの物資を手にいれる。
 ⅳ 組織伝導体への反抗、反逆は仕組みからの排除、追放、死を意味する。
 ⅴ 忠誠が人間性を否定し、絶望が希望を削り殺(そ)ごうとも、人間の原型としての誇りは失わない。
 ⅵ あらゆる苦難、苦悩、悲劇、不当、不正、不公平、屈辱、不条理、非人間性、無法、不法、惨(みじ)め、暴力、ハラスメント、圧力、攻撃、涙、・・・を受動する。
 ⅶ 人間標準を越えない。

 南北、東西、いずれの戦争であれ、奴隷解放、奴隷標準から人間標準へと基幹システム(適応系)のレベルを1段階、引き上げる。
 その結果は何をもたらすか?
 ただ唯一、人間が奴隷狩りの追手(おって)、資本のほしいままの魔の手から逃れられる。

 もし奴隷ではなく、人間標準として出立することができれば、そこにいかなる難渋(なんじゅう)、思い通りにいかぬ現実、非情、報われぬ努力、不如意(ふにょい)、失意の日々が続こうと、あるいは、いつか雲の切れ間に鮮やかな光の一条、希(ねが)い、幸せの兆(きざ)しが見えるかも知れないではないか?

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