ゲームを支配するものが世界を征服、管理、支配するのか? ゲーム脳は人間の進化なのか、衰亡の明徴か? 

 何故、ヒトの快感中枢はゲームに誘(おび)き寄せられるのか?
撒(ま)き餌(え)をすれば魚たちが集まってくる。本をバラまいても誰も見もしないが、ゲームソフトをを目の前にチラつかせると、子どもたちは夢中で争い、食いついて来る。子どもたちが与えられたゲームの種類、幻想性、格闘系、推理系、運動系、反射神経系、冒険系、RPG、シューティング、娯楽系の注入情報量の積によって子どもの分(ぶん)別、選別、階層化が決定する。子どもの知能順位、性格、志向系統、標準からの乖離(かいり)度が純統計的に数理解析される。

 権力資本の意図、悪意ある温情のたくらみとは何なのか?
 
 官僚とは元々、知識、勤勉、学力、コネ、賄賂(わいろ)、本人の才覚、努力によって、数年で巨万の富を築く権力、地位を与えられた選ばれた者のおおらかな総称だったが、近代では細胞が不活性化、劣化、老朽し、ガン細胞と見紛(みまが)うほど酷似(こくじ)している。放置すれば悪性は増殖する。敲(たた)けば、一時は鳴りを静めるが、熱気(ほとぼり)の冷(さ)めるのも待たず、いつの間(ま)にかゾンビのように復活し自分の居場所を誰にも渡さない。一人ではそれほど悪さもできないが、がん細胞が集まれば致命的な重大な惨劇を惹(ひ)き起こすことも度々(たびたび)だ。官僚たちにがんばってもらわないと、命を革(あらた)めるコトなど不可能なのだろう。

 生命は無機物、岩石などとは対立する概念だと捉(とら)えられているが、死の固体と生の固体に繋(つな)がりがあるように、無の存在と有の存在の間(あいだ)には越えることのできぬ境界線、絶対の壁が傲然(ごうぜん)と隔(へだ)たり、決して行き来するもの、突き抜けていく超弦(ひも)極小など存在しないのだろうか?
 何もない状態 “ 無 (最大でも1.6x10ˆ-34cm ∩ 5.39x10ˆ-45s ∧p2013) ” から2013現実体への厖大(ぼうだい)な物質量への生成が展開してきたのではないか?
 
 生命が無存在への共感、郷愁を覚えるのは、生命にとって不必要な幻想、意味のない錯誤、誤謬(あやまり)にすぎないのか?
 
 ヒトが人間に生まれて知らねばならぬこと、学ばねばならぬことは、とても3000年そこそこでは尻尾(しっぽ)1本の毛についてさえ認識できはしない、まして90年足らずでは......。 ?

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